ネパールの子供たちと学校

2000-12-17

 ネパールの子供といっても貧富の差があるので一概には言えない。カジさんの家のように小学校低学年の時から学業に力を入れて英語を話す子供たちから、学校にはまったく行けない子供まで様々だ。学校に行く割合は定かでないが半分位とも言われているらしい。

山の上に水を運ぶ姿

お金をくれと手を出した男の子の家

 これはポカラのサランコットの丘をミニハイキングして見かけた子供たち。ポカラからサランコットの丘に行くとヒマラヤがよく見える筈で、5時起きして見晴らしのいい頂上まで登って日の出を待っていたのだが、ついに雲隠れしヒマラヤは姿を現さなかった。日本からはるばる来て雄大なヒマラヤの姿を期待していたのにがっかりしたが、帰り道、丘から下りながら村の人たちの生活風景を見ることができた。

写真を撮ったらお金をくれと手を出した女の子が自宅まで案内してくれた

手織物のお店をやっている家の子供たち

籠に赤ちゃんを寝かす

 丘の上や途中の道沿いには店やらホテルが並んでいる。水道がないので上まで水を水瓶に汲んで水を運ばなくてはいけない。痩せている女性やら小さな子供たちが水瓶を運んで早朝から一生懸命働いている。重そうだが、慣れている様子。母親が働いているため、小さな子供たちがもっと小さな兄弟をおんぶして子守りをしている姿もよく見かける。一つの店で一人だけ勉強をしている小さな子供を発見した、その若いお母さんが教育熱心で、お店も小奇麗にして感じがいい。普通は外国人が来るとなると、子供たちは近寄りお金、ペン、キャンディーと言って手を出す。これは問題だ。写真を撮ると「お金」と又手を出す。これは欧米人が写真を撮るとお礼にする習慣の影響なのだろうか。それが生活にしみつくことは問題だ。小さい時から物乞いすれば生活が得られると教えられるのは良くないことだと思った。

 サランコットの丘の坂道の途中に学校があった。みすぼらしい学校だ。学校関係者の人が観光客を案内してくれ寄付を募る。小さな学校、壊れた壁、それを補充したいという。私たちにとって僅かなお金で修復できるのだ。小さな教室、ここで生徒25人が勉強するという。小学生から高校生まで250人いると説明してくれた。ここは貧しい人の学校なのだろうか。

サランコットの丘にある学校250人の生徒

教室の中、小さな教室で25人授業

 下に着いて待機していた車に乗ろうとしたら制服を着た女の子がちゃっかり車に乗せてとせがむ。バスは本数が少ないのだろう。乗せてあげたら坂道を歩いている同級生たちが羨ましそうに見ていた。この子たちは裕福な子供である。

 カトマンズの近くのパタンの町中にも小学校があった。教室は盛りがって楽しそうに授業をしていた。宿題を忘れた子を叱っているらしいが、楽しそうな雰囲気だ。のびのびして日本の子供たちとは違う、活気がある。日本の豊かな筈の子供たちは、あまりにも恵まれ過ぎて豊かであるに気づかず、ハングリー精神を忘れているではないか。物があることが当たり前になっているから。

 ネパールは貧富の差が大きいからこそ、身近に生活の差を感じ、教育に力を入れたり、有り難味を身近に意識できるのかもしれない。

 全員義務教育で学校へ行かなくてはいけない日本の子供たちも、ネパールに行って勉強したくてもできない子供たちの現実を目の当たりに見れば、学校に行ける環境がどんなに幸せなのかがわかると思う。