マザーテレサを想う

2001-1-28

 

 

 

 

 

 

 

 マザーハウスに関して

 当初カルカッタに行く予定ではなかったが、飛行機の都合で、カトマンドゥからカルカッタに行くことになった。ガイドブックを見てマザーハウス(Missionary of Charityの本部)だけでも行けたらいいなと思っていた。実際時間もなかったので他の市内観光はできなかったが、ガイドさんに頼んでマザーハウスだけには行けた。ちょうどネパールでマザーハウスで10年間働いたミーナさんの話を聞いた直後だったので更に興味を持った。

 マザーハウスは騒音がけたたましいカルカッタの街中に位置する。マザーテレサが眠っているお墓には白い服を着た質素なシスターたちが祈りを捧げにくる。私たちも黙祷し、展示室の写真を見た。マザーテレサが亡くなったのはダイアナ姫の死のすぐ後であった。ダイアナ姫の死はモスクワの空港ホテルに閉じ込められている時、見たがマザーテレサの死の報道はそれより地味であったことを記憶している。

 シスターに僅かな献金をすると「ちょっと待って」と言って、ペンダントヘッドと直筆で書かれた名刺を持ってきてくれた。


家に「マザーテレサとその世界」(千葉茂樹著)という本があったので読み直す。

●マザーテレサの生涯

1910年ユーゴスラビア生まれ。12歳には神に捧げて生きることを考え、19歳の時には幸福な家庭を捨ててロレット修道会の修道女になりベンガルの宣教地区にわたった。修道会が経営する金持ちの子女の聖マリア高等学校で先生となり校長先生までになった。36歳の時ダージリン行きの汽車の中で貧しい人の中で一番貧しい人の間で神に仕えるようにと内なる声を聞いた。ロレット修道会を出る決意をして38歳の時、修道院外で働く許可を得て。カルカッタのスラム街へ入っていった。その時ポケットには5ルピーあるだけであった。最初はスラム街の子供たちに読み書きを教える学校を始め、最初は5人、その後生徒数が増え、援助が得られるようになった。かつての教え子たち10人が手伝ってくれるようになった。捨て子が預けられるようになりホームを開設しシシュバンという子供の家がインド中が30以上に増えていく。「死を待つホームは42歳の時に開設した、数万人の瀕死の人々を収容したが、その半分は死ぬ。貧しい人は減らない。87歳で死ぬ。

●マザーテレサ語録

この世の最大の不幸は、貧しさや病ではない。むしろ、そのことによって見捨てられ、誰からも自分は必要されていないと感じることです。

貧しい人は素晴らしい。貧しい人の中の一番貧しい人に仕える、その人の中にキリストを見るのです。

イエスは「すべての人を愛しなさい」と言わずに「私が愛したように互いに愛しなさい。あなたの隣人を愛しなさい。」と言っているのです。私たちは互いに愛し合うべきで自分自身を与えるべきなのです。

苦しんでいる人がいることを知ってください。痛みを感じてください。あなたの周りにもあなたの愛を待ち望んでいる人がいるはずです。どうぞその方に手を貸してあげてください。

「私が飢えて、裸で、宿無しであった時、私を助けてくれた」と言ったイエスを仕えるように一番貧しい人に仕えるのです。神に対する愛は、どの位仕事をするかでなく、大切なのは心です。目標は十字架のイエスと共に生きること、キリストの貧しい人々との共感です。

単なるソーシャルワーカーではありません。貧しい人の中に生きているイエスに仕えているのです。貧しく、見捨てられ、病気で、孤独で、死に直面した人の中に現存したキリストを看病し、食べさせ、着物を着せ、訪ね、慰めるのです。ただそれだけです。24時間キリストに仕え、すべてキリストのためにやっているのです。

最も貧しい人々に全身全霊をこめて無償で仕えるように神がはからってくれ、百%満足しています。

私たちの目的は、神がこの世を愛しているということを宣言することです。一人一人を一つにすることによって、人々の神の愛を生きた行動にへ移す機会を与えたい。奉仕することで、飢えた人、裸の人、家のない人は生きたキリストだと理解し豊かになっていくのです。

マザーとは家庭の心、その人がいるだけで安らぎを与える存在、家庭の中心です。

先進国では誰からも必要とされていないというひどい恐れ、誰からも愛されていないと思うひどい貧しさ、誰からも必要とされていない貧しさは一切れのパンの飢えよりもっとひどい貧しさです。

日本の家庭ではお互いに微笑み合う時間すらないのです。子供たちは家族の中で喜びや愛、微笑みを見つけることができないので外に探しに行くのです。

●マザーハウスのシスターの生活

清貧、貞潔、従順、、貧しい人の中で一番貧しい人に仕えるという神との契約

4:30 起床 5:00 祈り 5:45 ミサ 6:30 朝食と洗濯 7:30 奉仕活動 12:30昼食  13:10 反省 13:30 休憩 14:15 霊的読書,指導 14:45 午後の奉仕 18:45 祈り 19:30 夕食 20:10 ミーティング 20:30 夕べの祈り 21:00 リクレーション 21:30 就寝


ミーナさんが語るマザーテレサ

カルカッタで学生時代を過ごし10年間ほどマザーハウスで働いたミーナさん。ミーナさんの家にもマザーテレサが日帰りで訪ねて来たと写真を見せくれた。マザーテレサは厳格な人という印象があったが、ミーナさんは映画を見たり楽しいこともしたそうだ。どこかへ移動する時、ミーナさんを信頼しているのでたくさんのお金をミーナさんの洋服の下に入れて運んだこともあるとか。ミーナさんもマザーテレサと同じ志を持っているが、彼女はアメリカでも生活し、生活をエンジョイすることも喜びであり、そして与えることによって自分が豊かになると言っている。

想うこと

 マザーテレサは若い時思いきった決断をしてはるばるインドまで行き、又校長という安定した地位を捨て、神の声に従い信念を持って現実的にゼロから始め行動したからスゴイ。信仰と決断力と行動力があるのだと感服する。貧しい人々にキリストを見出しながらキリストを常に意識して奉仕しているのだ。朝から夜中までひっきりなしに働いているのでなく、奉仕しながら、反省したり、勉強したり、自分の精神性を高めているようだ。朝4時半起床は無理だと思ったけど、早寝であり、企業戦士の生活より時間的には余裕があるかもしれない。人の嫌がることを率先して行うには温かく献身的なハートと明るさと強さも必要だと思う。やれば精神的に充実感が得られるのだろう、ボランティア体験もできる。人にはそれぞれの使命やら役割があるのでマザーテレサやシスターを目指そうとは思わないが少しだけでも志を見習いたいものである。人それぞれの仕事や様々な人生は結局のところ自分の精神性を高めていく素材なのではないか。マザーテレサの財産はサリー1枚だと言われる。日本ではリストラ時代の今、自分が社会で必要とされていないという悲しみを味わい嘆き哀しむ人も多いことだろう、忙しくて愛を感じなくなって、物はあっても心が貧しくなっている。マザーテレサはあくまでも心を重視した生き方で極限の人々と接しながら神と一体で信念を貫き、精神的には豊かな生涯だったのだろう。マザーテレサはキリストを意識し生きる目的が明解でありそれに前向きに全力投球したのだろう。