小さな社会運動

   2003-11-30

11月9日は早起きして投票に行ったのだが、選挙会場にはお年寄りが殆どで行列を作っていた。若者は寝坊しているのか、諦めているのか、無関心なのか、見当たらない。従って既存の権利を守る方向に力が動くのではないか。やはり小泉政権は変わることがなかった。1票を投じても無駄、だから諦めてしまおうと思いがち。不況の煽りを厳しく受けるハードワークの自営の夫やらやらパートの身分として、痛みだけはひしひしと感じている今、この先行きのヴィジョンが持てない。

11月末に私の非常勤の仕事の契約が満了で、新しく規則ができたので雇用が難しいと言われた。事務処理の結果なのか何故か私の任期満了が一番早く訪れるのだ???待遇も良くないし、執着もない、ネパールに行ってしまおうかと思っていた。でも待てよ、今は仕事を2つ受け持っている。誠実で研究熱心な教授たちが長年調査した集大成を出版しようとしている時なのに、中断していいいのだろうか?代わりの人がすぐに効率的に引継ぎできる筈はない。それから私が辞めれば同僚たちも皆3月に辞めなくてはいけない事体も発生する。気軽に辞めれる人もいるが、生活を抱え最低限の生活でなんとかやりくりしている人も多いのだ。私だって本当は今の職場が好き、毎朝仕事に行くのが楽しい。仕事があるからこそボランティア活動もできるし、ネパールの子供たちや自分も食べることができるのだ。おかしいことはおかしいと主張していかなくてはいけない。非常勤勤務の人たちのためにも少しでも希望が持てる前例を作りたい。

自分一人の力ではどうにもならないで諦めていただろう。現に子供を2人抱えた母子家庭で長年勤務していた一人の女性が仕方なく夏に辞めた。彼女の場合は子供が勉強しながら働けるように成長したらしい。サラリーマン世界も知っている私はこの日本社会がどうも矛盾だらけに思えるのだ。彼女は学歴もあり、真面目でいい人、普通の大組織にいたら当然管理職になっている年齢だ。レールの敷かれた社会、男たちは仕事に専念し朝から夜中まで働き続け、権限を握っていく。男と同じような働き方ができなければ非常勤勤務になるし、そもそも最初から大組織への門戸が開かれていない。非常勤の待遇は非常に悪いのだ。日本の女性の社会進出度が国際的に非常に低い。既存の男中心の労働形態がそもそも変なのだ。

今回はあちらこちらから非常勤の人々の切実な声が上がる。組合まで登場。非常勤の93%は働き続けたいというアンケート結果が出た。継続したくない人の理由は待遇が悪いから。非常勤3年の勤務の規則は初めは非常勤の社会地位向上のために設けられたという説もあるが、現実的には非常勤の人々の解雇の結果、厚生労働省の雇用数が形式的に増えることになる。最低限の生活をし続け仕事ができなくなった女性たちは失業するのだろうか、女性でしかも中高年の門戸はとても厳しい。高級取りのオジサン一人の賃金でどれだけ有能な非常勤の女性たちを雇えるのか!

皆の努力のおかげで最後に、再び応募してもいいということになった。このご時世応募者はたくさんいるらしい。高学歴の若者すらいい仕事にありつけない今、でも若ければ3年でびくびくするような雇用でなくハードワークで鍛えられて欲しいと思う。

結果的には私は再雇用されることになった、フリーになった段階でどこでも通用できる実力をつけなくてはいけないと余裕のできた時間でサラリーマン時代以上に努力を重ねている。このように非常勤の人は実は実力のある人が多いのだと感心している。但し今回の私の契約は3月まで。又試練が続くのだ。サラリーマンは心を殺せば雇用に関して楽だった。既得権があるものは守りたいと思うだろう。

今回は小さな社会運動だった。黙って諦めても始まらない。おかしなことには立ち向かい主張しなければ世の中は変わらない。一人一人の小さな努力から始まる。

年末年始に有給休暇をつけてネパールに行こうと思っていたのだが、有給休暇が使えなくなった。突如、辞職して2週間以上のブランクを作って新しい雇用ということにもなった。事務手続きも複雑だから1月から勤務再開ということになった。よしネパールに長く行こう。あいにく年末年始の飛行機は既に満席。雇用は1月から3月までは保証されたのだが、又同じことをするのだろう、やれやれ先が思いやられる。

とにかく突然できた1か月の失業。結果的にはその間にネパールに行って視察してくることになったのだ。帰って働く場所があって嬉しい。前途多難だけど、とにかく皆様ありがとうございます。空きの1席を確保できて12月1日成田を出発して29日に帰国してくる予定です。HPはしばらくお休みします。