書類作成 2002-4-1

 このところ助成金の申請の書類を書くのに追われていた.金曜日の締め切りぎりぎりに提出した。昼間仕事をしている私は結局夜中に書くことになる。日頃慣れているパソコン入力でなく手書だと、とても時間がかかる。書式が決まっている書類は苦手だ。でも書類をうまく書いて形を作らなくては社会では認められない。

 日本の教育もディスカッションをするわけでなく受身の授業で、試験やらレポートをうまくクリアしたものが優秀だとされる。難関の試験にうまくくぐりぬけた人もいればちょっとの差で落ちた人もいる。試験などに通った人は成功者と言われるが、挫折を味わった人は人間味があっても評価はされない。

 大学教授であっても、いかに書類をうまく書いて予算をとれるかも1つの能力だとか聞く。私のいた理工学部の研究室に以前訪問したら、おっとりした先輩だった先生予算をとるのが下手なようで古いパソコンが1台あるだけで相変わらず、みすぼらしい研究室だった。エリート社会で試験などスイスイくぐりぬけた人は書類作成もうまいのだと感じる。スピーチやプレゼンなどが上手い人も有利だ。

 政治家でもいかにお金を集めるかも今まで問われていた実力だったのかもしれないし、官僚たちも我々の血税の予算の取り合いをするのだろう。システムがおかしいといえばそうだが、そのシステムを容認しているのは我々自身だ。

 日本は形とか建前を重んじる文化なのだろう。形に囚われることに集中して大事なものを失っているのかもしれない。

 経済は数字を見て判断し日本は先進国に属するが、中身が伴っているだろうか。貧しい国の方がリラックスして陽気に自由に生きているかもしれない。

 マスコミでも成功者である有名人の意見が重んじられ社会に影響を与える。果たして庶民のことがわかるのだろうか。銀行の会計基準を変えることで、多くの真面目に働く中小企業に皺寄せが来る報道をやっていた、形が第一で裾のことはあまり重視されない。形式を重んじるだけで大切なものを失っていないだろうか。

 4月は人事異動のシーズンだ。形式重視で、リストラが進む中で、自分の意に反する処置も多いことであろう。かといってやめたと言ったら、再就職も厳しい。ある程度心を殺さなくてはやっていけない。

 髪振り乱して書類を書いている間に以前提出した助成金の結果が送られた。受理されない、失敗だ。短期間にまとめようとする私もいけないが、あれを書いて結局は私は激しい腹痛がして入院になったのかもしれないと考えると悲しい。形にならない努力があまりにも多い。

 今回も書類提出した途端、ためていたやりたかったこと、中断していた好きなことをして忙しくしたら、一気に風邪をひいてしまった。今日は花見に行く予定だったけど,中止にして休むことにした。風邪で寝坊したら朝食はできていた、2時間睡眠で現場にも行って来たと、後で夫がボロッと言う。私はとても柔であるが、やりたいことを選んだ自営の生活も過酷である。

 ただ今ネパールからメールが来て、ミーナさんがやっと4月3日に来日が決まった。でも姪が来れなくてミーナさんの友人が来るという。若い人にとってVISA取得はより困難だと聞く。これも形式重視だ。サー、書類作成でバタバタしていたら又部屋が散らかったので片付けなくてはいけない。