愛するスペース作り 2003-2-10

近くの花屋で、色が気に入って小さなサザンクロスの鉢を買った。不況のためか家族4人が出てきて「ありがとうございます」と丁寧に挨拶してくれ、受け皿のサービスまでしてくれた。ダイニングテーブルに置いたらとても可愛い!生命力を感じ、私を癒してくれる。私は華子ちゃんと名づけた。華子ちゃんは朝食後キッチンの日辺りのいい所に移し、夜になるとテーブルに戻す。1つ花を置くだけで部屋の雰囲気がガラリと違う。これに合わせて私は愛するスペース作りをしようと思いついた。

昨年後半は週末は八ヶ岳に通ったり、両親の見舞いに行き来し、二子玉川の我が家の在宅時間が少なかった。2年半前ニ子玉川に引越しして、夫の造園設計事務所と自宅を一緒にした。スペースは狭くなり、そのはみ出した物もいまだにダンボール箱に入ったままのものもある。そのうち片付けようと思っても手をつけられない。いつか持ち家はもてるかも、余分な家具は買わないで、その時に綺麗にしようと夢を見ていたけども希望の兆しが全く見えない。この不況とデフレ、もし所有していたらローンや維持費で大変だろうし、賃貸の方が自由がきき、今の家は駅に近く便利だと諦めた。

NPOも始めたので、夫の事務所のコピーマシンやファックスがそのまま使え、留守に電話もとってくれる。ダイニングにはホワイトボードまで付いてそのままミーティングルームに使える。夫の会社が存続している限り、NPO事務所の心配はない。まず、今の家にスペースさえ作ればいいのだ。片付けさえすればスペースができる筈だ。本当は気軽に誰でも家族のように住んだり集まれる空間を作りたいが、とりあえず荷物の体積を縮小させ、いかに収納させるか知恵を使おう。

八ヶ岳には小さな山小屋があるが、布団もたくさん置いてあり、ハンモック、テントまで用意してあるので何人も泊まれる。雄大な自然があるので自由自在に森のダイニングを作り公共施設の温泉が使え便利だ。そんな家が東京にも欲しい。私がイメージするのはロンドンのカオルちゃんが住んでいたアパート。Dr.を名乗るイラク人のランドレディとナイジェリア人の夫がいてインテリアに凝って高級感がありお洒落だった。公園も多く、住環境の違いに目を見張った。キッチンやバスルームは共用で、カオルちゃんの他にもう一人日本人学生が住んでいた。二子玉川は東京の中では私の好きな町。近くには多摩川があり散歩できるし、レストランが選り取りみどり。瀬田温泉もあるし、ローズガーデンと私たちが呼ぶ高島屋のフリースペースなども気に入っている。

まず私の部屋。続々壊れたモニター、曲がったパソコンの椅子、古くなったプリンター、まとめて粗大ゴミ行き。予約をし1週間待ちお金を払い、やっとスペースができた。ふと子供の時から憧れのアウトレット家具屋で見つけたロココ調花柄ドレッサーを置きたくなったが、アンバランス。諦め近くの東急ハンズで安い白いチェストを見つけ自分で組み立てることにした。退院2日後にドライバーを持って力をこめて組み立て2時間で完成。物を作るというのは楽しいことだ。鏡を買って載せるとモダンなドレッサーに変わった。その上にピンクの花を置いた。トイレや洗面所にも花を置いた。東京にいても小さな自然が身近にあることは心地いい。

飾ってあった古い絵を変えよう。大事にしまっていた絵を飾った。部屋じゅうがパワフルになった。実家から余った白い丸いテーブルと椅子を運んできた。赤い椅子の上にインドで買った派手なクッションを載せる。書き物もでき、ノートパソコンも置け、エキゾチックなオフィスに生まれ変わってしまった。高島屋に行ったらセールだった。インテリアの店で、キッチン、寝具、小物をまとめ買いをした、高島屋は通常高いのにデフレ時代だと実感、この際おもいきって変身させよう。

自分の環境を変えるのは簡単そうだが、やはり私の癖というのが出て、そんなには簡単でないことがわかる。平行していろいろ手を出したくなく習性、あまり散らかっても気にならない性分、できるだけ後に引き伸ばす癖。一時的に変えても、長年見についた癖はなかなか変わらない。

そういえば人の家というのは住む人を象徴しているのかもしれない。職場の机だって使っている人の個性を現す。すべての人に平等に与えられている1日24時間だって、自分で忙しくしたり、自分の癖と価値で使っているのだろう。時間も空間も含めて、場は知らぬうちに自分で創っているのだとしみじみ。自分の場にどっかり漬かっている時、自分ではわからない。変化しようとする時、その場に変化を与える時、初めて自分の場を見直すのかもしれない。空間軸、時間軸、お金の軸、価値観の軸、個々人が決めているのだろう。自分が変われば、場も変わるのかも。