ポカラの盲学校訪問 2000-12-4
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学校の前で、スタッフ、子供たちとMeenaさんに囲まれて
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ミーナさんが支援しているポカラの盲学校を見学することになった。ミーナさんは4時にホテルに迎えに来てくれて、タクシーで10分ほどの所にある学校へ連れて行ってくれた。大きな敷地に学校があり、小綺麗な雰囲気だ。ミーナさんが来ると聞くと、子供たちは大喜びなんだそうだ。学校の人が迎えに出てくる。目の悪い従業員の方も出てきた。盲学校は奥の建物にある。 子供たちが歓迎して迎えに来てくれた。なんて皆、純粋で感じがいいのだろう! とても明るくてハンディがあることすら忘れる。むしろ日本の子供たちの方が心を閉ざして異常なのではないかと気づいた、目が死んでいる電車通学して勉強しか目がない子供たちを思い浮かべてしまった。そしてネパールの町中や観光地が訪れる所に見かける子供たちと全然雰囲気が違うのだ。午前はサランコットへハイキングに行ったのだが、子供たちは観光客を見ると、お金 とかキャンディーとか、ペンとかねだり手を出すのだ。むやみやたらとお金をあげる観光客にも問題がある。盲学校の生徒たちはハンディがあっても少しもけがれていないのだ。あまりにも美しくて可憐で日頃涙もろくない私も涙が出てきてしまった。 子供たちは皆目が悪い。でも自然なのだ、皆が目が悪いのでハンディがあることを意識しないのかもしれない。聞けば皆この子供たちは貧しい家庭出身で親に虐待されたり、貧乏のドン底から連れてこられたそうだ。だからこそドン底の時の事から見れば今の環境は満ち足りて幸せだと思っているに違いない。 日本からシスターが訪問すると前もって聞かされていたようだ。皆私のことを「シスター」と呼び、照れながらもまんざらでもない。子供たちはちゃんと英語を話す。 まず校庭に案内された。
子供たちは美しい音色で楽器を奏でて、美しい声で合唱して外国からの訪問者を歓迎してくれた。ハートから歌い、声が澄んだように美しいのだ!!目が見えない分だけ、聴力や音感が素晴らしいのだ。天使の歌声のようだ!あまりにも美しくうっとり感動して又も涙が出てきてしまった。 美しい演奏に夢心地になっていたが、急に雷が鳴って大雨が降ってきた。屋内に入る事になって、キッチンがある部屋で演奏の続きをすることになった。椅子や大きなテーブルがある。ここで食事をするようだ。演奏が継続する。子供たちは私たちの周りに集まる。とても可愛い。日本から来たお客様は珍しくて興味津々だ。私は実は子供が大好きなのだ。嬉しくてほくほくしてしまう。隣の椅子に座っていたすごい可愛い女の子にも声をかけたら彼女は生徒でなく生徒のめんどうを観る先生の一人であることがわかり、ごめんなさいと言った。でも皆スタッフの人も目がきらきら奇麗で心の温かい人で、子供たちを愛情いっぱいかけて支えているからこそ、子供たちが幸せにのびのびと生きているのだと思う。私は突然だったので、日本の私の好きなお煎餅「ばかうけ」を持って行った。お煎餅を袋から出し、1枚を2つに割った。それを袋に入れておやつにしてもらったら、丁度人数分できてJapanese Cookies はばかうけした。子供たちは他にもりんごを1つずつかじっておやつにしていた。
男の子たちがまず寝室に案内してくれた。2段ベッドがたくさんある。22人ほど同室だ。小さな子から高校生位まで同じ一つの同室で寝食に友にしている。まるで兄弟のように生活しているのだ。写真をとったり、住所を教え合ったりして和気藹々していると、今度は女の子が迎えに来る。私は女の子の部屋に連れられて行く。飾りたててはいないけど可愛らしい。18人いるそうだ。たくさん抱きしめあって心の交流をする。 帰りの時間を知らされる。名残惜しいけどさよならを告げる。又いつか来るからねと言い残して、、 帰りはタクシーを拾って、お礼にガイドさんが教えてくれたネパールの踊りが見れる高級レストランのディナーにミーナさんを誘う。ミーナさんの息子さんもこの店が大好きなそうだ。踊りを見ながらネパール民族音楽を鑑賞する、でも子供たちの演奏にはかなわない、それぞれ好きなものを注文し、ミーナさんの顔でディスカウント25%してくれ4人で1000円ほどだった。ミーナさんは残った焼き蕎麦みたいなものをしっかり息子のためにテイクアウトする。無駄がなく効率的に社会に還元する。 なんかこれから子供たちを支援していければいいなーと思う。なんせ数十万円もあれば学校も建つらしい。 |