2005-5-26 久しぶりに母と過ごすと、リズムの違いを感じる。心しれた親子でも、ものの捉え方や生活リズムは違うものだとしみじみ思う。母のリズムの中で育てられた私は、家を出て物事の許容範囲がかなり広がってリズムが変わったんだと思う。 人それぞれにリズムがあるのだと改めて感じるのだ。同じような環境で生きて、似た体験をしていると不思議と波長が合う気もするし、価値観や習慣も似てくる。仲良しの人はけっこう同じリズムの人だ。昔はビジネスの話ばかりする人が固まっていたんだと思うし、今は多様な自由人が多くなってきた気がするから、価値観が変わり、自分のリズムも変わったのだろう。 リズムにも力関係があって、自分のリズムを他人に押し付ける人もいる。仕事とかなら割り切らなくてはいけないが、だからストレスも溜まるのだろう。人のリズムに何でも合わせるのは難しい。妥協点を見つけながら、自分のリズムをそのまま尊重し合える関係なら、個性がのびのび発揮できて、気楽なのだ。 違うリズムの人は驚きと発見があり刺激的だが、自分とは違うリズムの人は悪い奴だと決めてかかる人もいる。自分が絶対と思い込む人はリズムの違う人を片っ端から批判し排除していき、やがては狭く偏ったまま孤独になるのかもと思ってしまう。リズムの違いから境界が生まれたり、戦争も起きるのだろう。 リズムの違いから学ばなくてはいけない。他人を批判するより、まず自分を省みてそのリズムの分パワーアップする方が大事なのだろう。 悲しみには悲しみのリズムがあって、暗い中にいるとなかなか抜け出せなくなっていく。そんな時、明るいリズムのところに敢えて身を置こう。サンバでも踊ろう。不平不満で愚痴ばっかり言っている人は疲れる、欲望丸出しの人、自分のことしか考えない人のリズムも憂鬱な気分にする。楽観的な太陽のようなリズムがいい。 こうなりたいと思うのなら、なりたいリズムに自分が変わっていかないといけないんだと思う。 山の中に行くと人は少なく、自然のリズムになる。 森や草花はあるがままを受け入れ、ひたすら周りに酸素や美を与える、生物は互いに共生し合う。だから自然の中では癒されるのかもしれない、それで四季折々、若葉が出たり、花が咲いたり、紅葉になったり、森羅万象、自然のリズムは素晴らしく完璧だ。調和の世界で、ストレスなんてない。自然からリズムを学びたいものだ。 |