不可能を可能にする力 2002-7-7

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今朝、ミーナさんが帰国した。 この3か月余りの間、なんと忙しい毎日だったことか! 来日前だって、私は仕事と家事と趣味に忙しくその合間にNPOを行っていた。家も狭くオフィスも兼ね、不況下の夫たちは終日必死に仕事をして、ここに時間と空間をどう作るのか。裕福でもなく、体力もなく、家事も苦手な私。自分だけでなく家族の生活の中に他人のスペースを作るのは難しい。できない言い訳をすればきりがない。ミーナさんの来日が決まり、3か月以上滞在することとなった。物価高で閉鎖的で時間の無い日本でどうなるのか、最初はさっぱり展望が見えなかった。ミーナさんの来日は嬉しいことであるが、大きなチャレンジでもあった。でも今だからでき、できる範囲でやるしかない。ミーナさんもアメリカではよく人を長期滞在させていたようである。アメリカで大きな家に住んで裕福な生活も体験したけど、たくさんの困窮生活も知っている。どう繕っても、毎日生活していれば、ありのままの私生活を見せることにもなる。 最初の1か月とにかく精一杯やってみた、NPOのイベントを決め、あらゆる努力をし、報告を受けながら3種類の助成金申請の複雑な書類も仕上げた。可能な限り伊豆高原、八ケ岳、鎌倉、東京内あちこちに連れて行ったし、人にも会わせようと努力した。でも私の友人も時間がなくてなかなか会えない。島国日本では英語教育を受けながら、英語に慣れず使えないというハンディもある。治安がいいのに外国人が一人で自由に出歩くことが難しい国だ。 1か月して、私は初めての座骨神経痛が始まった。動くことが苦しいが動かなくてはいけない。家族との関係もあり、痛いとはいえない。ミーナさんもお風呂場も1つしかない狭く物が一杯でハードワークの我が家は快適とはいえないだろう。ミーナさんは他の家庭も泊まり始め、たくさんの家にも招待され日本の生活をよく理解し始めたようだ。日本人はたくさん働いても生活が無く貧しいと、どんなに綺麗な物を着ていようと小さな家に住んでいる現実もわかったようだ。私の時間を作るには、趣味のコンピュータやテレビを諦め、自分で課して忙しくしていることにピリオドをつけよう。電車を使うより、方向音痴だけど車を有効に使い始め、駐車違反でも捕まる。どんなに努力しても、不況下の日本で、子供たちの食ベ物代を作ることは難しく、日本の生活費も高くつきため息がつく。 最後の1か月ほどは、車通勤が慣れ、快適な新生活を発見する。生活のリズムが変化し始める。なんとかなるものだ。人を通じて少しずつ扉が開いていく。良い人から良い人を呼び、人のネットはなんて大切なのだろう。私の知っていた日本人は私の身近な狭い日本人、日本人でも様々いて、国際的で理解してくれる温かい人もたくさんいることを知る。友人たちの温かい協力にも感謝する。私の日本のイメージも変わる。最初に書いた国際ボランティア貯金の助成金も難関を通り、少しずつ理解してくれ始め、明るくなる。 ネパールは今年雨が多いようだ。土砂崩れも心配で帰国が決まった。 ミーナさんを見ていると不可能というものがない。燃えるハートと行動力で多くの不可能を可能にしてきた自信。知的なだけでなく、温かく、信念もあり、ユーモアもあり、他人に多くの愛を与える、人間的魅力のある人だ。それに比べ私はたくさんの言い訳を作り、自分で限定し、諦め、パターンを変えずに、たくさんのチャンスに目を瞑っているのかもしれない。教育でも社会でも制限が多く、マイナス志向で諦め耐えることに慣れているのかもしれない。ミーナさんという素晴らしい人を通じてたくさんの人にも出会い、ミーナさんの滞在中に私までいろいろな経験ができ、たくさんのことを学んだと思う。英語だって、英会話スクールで学ぶよりはるかに実践的だ。20年若くしてミーナさんに出会っていたら、どんなによかったのか、まだ遅くないと思うが、、、若い人にもぜひ会って欲しいと思った。不可能を可能にするエッセンスを学びたいものだとしみじみ思う。 |