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3月まで働いていた職場は美しいキャンパスで、アカデミックな環境が気に入っていた。特に足を痛めてから車通勤できることが何よりも有難かった。車通勤は楽で満員電車の疲労もないし、体のハンディを感じなくてすむ。車通勤できるアジア・アフリカに関わるアカデミックな職場なんて他にないだろうと思っていた。昨年父が亡くなってから仕事帰りに母を看に実家に寄る事が多くなった。実家までは片道2時間かかるので、けっこう辛い。仕事環境も急変した。契約は終了となった。 父が死んでから墓参りに時々行く。毎日墓参りできる場所と父が気に入ってメモリアルパークを決め、死ぬ1か月前に墓地を購入したもの。母と犬を連れて墓参りにいく。母が泣きじゃくり、犬が困った顔して座り、メモリアルパークの管理事務所の方が犬をあやしてくれるというのが毎度のパターン。毎日なんて、悲しくて行けるわけがないと母。メモリアルパークから出て、246を左折した所にキャンバスがある。東工大すずかけ台キャンパスだ。その門でUターンする。ちょっぴり理系環境が恋しくなっていた。やはり日本は技術、地球環境が良くならなければNPOの活動もむなしく思える最近、こんな所で働けたら理想的だなとチラっと思った。 ハローワークのパソコン検索では女性かつ私の年齢を入力すると仕事はひっかからない。このご時世、中高年であれば100社ほど履歴書を送る意気込みがないと雇用は難しいねとハローワークでアドバイスされた。おまけに車通勤できる職場なんて絶対ありえない。今の足の状態で満員電車通勤は厳しいので、期待はしないが試しに障害者対象就職面接会場に行ってみた。様々なハンディがあっても雇用チャンスを与え雇用促進している場で募集企業と求職者が集まっていた。その中にあの東工大の募集を見つけたので、すずかけ台キャンパスで働けないかと訊ねてみた。非常勤職員の賃金だけを見ると普通目に止まらないかもしれないけど、私はお金より内容だと思っている。人事がとても親切で後から誠意ある返事があり、面接を設定してくれた。人事も教授もとても感じよく、東工大は技術が優れているだけでなく、とても人間的で、思いやりのある人々がいるのだとわかった。教育に人間力も重視しているようだ。優秀な人はたくさんいるが、職場環境は、何より善意で心ある人がいることが一番、長い社会経験を通じてしみじみ思う。その頃、医者にリハビリで良くなると言われ、希望通りに集中リハビリ後、仕事を再開し、仕事しながらリハビリを継続することも可能になった。 今振り返れば、6か月の私の失業は父の死後の家族にとって必要だったし、3か月のリハビリはやるだけのことはやった。手も腱鞘炎になったけど加圧筋力トレでかなり治した。そして最後はイタリア旅行でしめくくった。 10月から働き始め、温かく迎えてくれた。車通勤できるアカデミックな職場があった。しかもアフリカの魚の進化の研究室で働くことになった。生命の神秘であるDNAや遺伝子にも関わるのは思いがけない幸運だ。同室の生物学者は偶然にもコンゴでも研究し、コンゴで知り合ったボンバ先生も知り合いだった。地球環境や生態系にも詳しい。実家も車で10分、昼休みは実家でランチを食べられ母と犬が大喜び。実家と家庭、NPO、リハビリの狭間で揺れていたが、不思議とすべてのバランスを保てる職場があったのだ!父も喜んでいるだろう。葬式には出席できなかったけど、父の予言通りに毎日私は父のメモリアルパークの前を車通勤し「パパ」と声をかける。 人生どう展開するかわからない。何かを失ったり変化するとバランスが崩れる、それを補うために又新しい環境が形成される、これが動物の進化なのかもしれない。嫌な状況も新しい世界が開くきっかけになるし、それは人生の設計図DNAが決めているのだろうか?今、ここというのは自分に一番適する場所が与えられているのだろう。細胞の声を聞き、自然に身を任せよう。神様や温かい人々に心から感謝しています。やっと土台ができたので、いい仕事もして恩返ししたい。又もや不安定な非常勤職員の身分だが、変化こそ自然、フレキシブルに対応していこう。 |