猛暑とオリンピック 2004-8-30 今年は東京は猛暑だった。運転する手が日に焼けてまっ黒、皮が剥げて、あせもになって痒くて苦しかった。こんな年は初めてだ。 暑さ苦手、冷房苦手の私は、週末になると避暑に八ヶ岳へ通った。八ヶ岳の空気は爽やかで涼しい。自然は完全!美しい自然の中では、ガードレールの汚れすら気になる。自然の色彩も空気も、完璧だ。でも東京はあまりにもゴミゴミ、ごちゃごちゃ、全体的に煤けているからガードレールが汚れていても、ゴミが落ちても、空気が汚染していようとも、そんな状態に慣れきって、気にも留めない。 自然が最初の地球環境であった。自然は生態系のことも考えられ、葉、花、虫、人、動物、一つ一つが命、命が尊重され調和されている。でも都会は、人間の作った物でいっぱい。人間は自分の思いで物を作るので、他の人や生物、将来のことまで考慮せず、目先の自分の利便性、利益だけ優先して物を作る。ぎゅうぎゅう詰めの建物や物がいっぱいの都会でも、緑を見たり蝉の鳴き声を聞いてほっとする。人間以外の生物に癒される。自然は万物のためにあるのだ。ここが神様が創造したものと人間の創造したものとの違いだと感じる。 今年は世界的に洪水やら、台風やら、異常気象が酷かった。人間が人間の思いで自然に手を加えるから、宇宙創造の神様の意図に反し環境破壊という結果になる。 毎日どうしてこんなにゴミが出るのだろうと思いながら又捨てる。暑いからもっと冷房を強くしよう。ちょっとした空き地ができたと思ったら、又ビルができる。満員電車はあまりにも窮屈で苦しいので車に乗る。結果がすぐに良くなる化学薬品に頼りがち。不自然な環境で、不自然な生活。今のような経済活動と習慣を続けていたら、環境破壊は改善されないのだろう、、 私が子供の頃は東京でもたくさんの友人たちと緑の中でのびのび遊んだものだ。友人の家を行ったり来たりした。どの家も冷房なんかなかった。便利になったのだが、不自然にもなった。子供の数もめっきり減った。 そんな子供の頃よく遊んだ美里ちゃんのお兄さんの娘がオリンピックの女子シンクロに出たと聞いて驚いた!美里ちゃんは小柄だったが姪は長身、美里ちゃんのお母さんに似た顔をして登場。母が美里ちゃんのお母さんに電話したら留守だったので、きっとアテネまで応援に行っているのでしょうと気軽に言う。そんな時代になったのだ。 東京オリンピックの記憶があるというと年配だと思われ、「私生まれていませんでした」とか、「赤ちゃんでした」と言われるとショックなので、あまり話したくはない。でも幼かったけど、くっきり記憶が蘇る。その日はピアノのお稽古の帰り、従姉のカズミのお古のちょうちん袖の黄色いドレスを着て、空を見上げると五輪、あの時の感激は忘れられない。母や友人の母に連れられ、選手村に行って、英語で名前は?サインして?と選手たちに頼んだ。選手たちは大きな大人、木原美智子にもサインしてもらった。いろいろな肌の選手たちを見て、子供ながらに外国に興味を持った。 今見る選手たちは若くてあどけなく感じる。友人の姪が出場して銀メダルを取ったのだから、その分私が年取ったのだろう。 今年は日本選手がずいぶん頑張ったものだ。メダルを取るまでの長い長いプロセス、、厳しい練習と精神力。短時間の試合の中でそれまでのあり方が凝縮される。日本勢が活躍したのは、豊かになった証拠。子供の数も少ないし、きっと親やお爺さんお婆さんの全面的協力も得られるのだろう。 小さい時、大人になればもっとまともになるのかと思ったけど、まだ未熟だ。でも生活は確実に確実に便利になり、自然から遠のき、その分環境破壊が進んだ。 オリンピック選手はそれなりに努力したから結果を出す。強い人との勝ち負けよりも、まず自分に勝つことが大切だ。人生のゴール;死ぬ時に自分が勝つか、まだまだ勝負はこれからだ。環境破壊を食い止めるには、宇宙創造の命を尊重する意識で行動すること;これが私たちに課せられた課題と、自然は教えてくれる。 |