奇蹟のダイヤモンド 2004-4-29

 
 

私はくじ運が悪い筈だった。殆どの人が当たるようなくじだって私だけには当たらない。

先日、横浜婦人会のチャリティーコンサートに招待された。場所は横浜みなとみらいにあるホテル。東急も便利になったものだ。以前は桜木町からクィーンズスクウェアまで遠かったが、新駅ができたのだ。このところ私は股関節が良くなく、医師はできるだけ体重をかけないようにとアドバイス、最近は車を使うようになり、買い物も近所ですませ、不自由は感じないし、、、足腰が弱くなるといけないので、水泳を始めるようになった。電車で遠出をしない生活になってしまった。久しぶりの電車、しかも初のみなとみらい線だ。

ネパールで作ったシルクのサーモンピンクのパンジャビに、インドで買った安物ブレスレットとネックレス、指輪は色がちょっと合わないなと気にしながらルビー、久しぶりにお洒落をする。ここで快方に向かっている足を無理して悪くさせたくないからトレッキングの杖を持っていく。我ながら奇妙な格好、哀れと思いながら、義姉と待ち合わせていく。電車の駅は階段の上り下りの多いこと、二子玉川駅はエスカレータがあり、エレベータも今準備中で便利。自由が丘、渋谷、恵比寿など、本当に年寄りや乳母車などを配慮しない駅が多いのだと気づく。日本に来たばかりの20代のネパール人も、電車に乗って、足が痛くなったと言っていた。先日ハワイから来た小母さんも日本の電車は階段の上り下りがなんて大変なの、足が痛くってだめと言っていた。

会場に着くと杖をクロークに預け、しゃなりしゃなり。大宴会場に座ると隣の人に英語で話しかけられる。ちょっと戸惑って「私、日本人なんです」と言う。ここから笑いがおき、会話が盛り上がる。私はパンジャビを着ると必ずネパール人かインド人に間違えられるのだ。素敵な服、立って見せてと言われ、1回転してサービス。会場の人は皆お洒落し、テレビで見るような人や外国人もたくさん、ヴァイオリンとピアノの演奏、素敵なアフタヌーンティー、、、たまにリッチな気分に浸る。

コンサートの後、抽選が始まる。いつもは当たりますようにと欲望を持つのに、今回は大勢の前で歩きたくないから景品はいらないと無欲。招待状に書いてある番号で、最初に「ダイヤモンドの指輪」とマイクでアナウンス、一瞬「あー、、来る、、」不思議とそんな感じがした。そして番号がぴったり私の番号になってしまった。「前に出てください」と恐る恐るゆっくり歩き、壇上の上に行かなくてはいけない、階段がある、ゆっくり上り、花のついた豪華な箱をもらう。「お名前は?」と聞かれ名前まで言う。

席に戻り、テーブルの人のリクエストで箱をあけると太い金台に小さなダイヤがたくさん散りばめてある。立爪のように出っ張っていなくて、引っかからないもの。私は以前本当にこういうタイプのダイヤの指輪が欲しいと思っていたのだ。はめてみると薬指にピッタリ!奇蹟だ!会場には500人ほどはいたと思う、何故私のところに来たの?と夢心地、いまだに信じられない。その時の服や、偽の金と石のアクセサリーにも不思議とピッタリ合うのだ。「貧しい人に尽くしているから神様のご褒美ですよ」とか言われ、有頂天。

奇蹟の法則を我ながら分析してみた、1、具体的にイメージする;これは種蒔き、以前やった。2、無欲であること;執着しないこと。3、とにかく以前との違い、善意の行いを心がけること;神様は見ているのかも!これで今回、奇蹟が起きたのかもしれない。

うきうきして帰り、電車を待っている時、腰の曲がったお婆さんが、座りなさいと席を空けてくれ、若いのに可哀想と話し始める。そう、足が悪いと、同じ痛みを体験した知らないお婆さんとよくお友達になるのだ。公共の場の不便さもわかるようになった。

あー幸せ、足さえちゃんとしていれば。そう完全であることなんてありえない。こんな幸せが起きても、問題はあるのだ、人間なんだから。神様は、足などにめげずに堂々としなさいと教えてくれたのかもしれない。