イタリア旅行 2005-9-20 |
旅するには、時間、体調、旅費が整い、家族に心配がないなどの条件がある。そして状況に応じ、誰と、何のためにで旅が決まる。 失業は休暇の始まりと捉え、休暇となればすぐに旅立ちたい私だが行けない。親が高齢になると、いずれは介護もあると覚悟していたが、父の急死後、我が家は変化が訪れ、77歳の母は精神的ショックでかなり落ち込み体調が悪くなる。 落ち込んでいる時、同じところにいると悲しみからなかなか抜け出せない、環境を変えることが大切だと自分の辛い体験からも感じる。コンサートなど華やかで楽しい場に敢えて身を置いたり、元気な人の集まりに参加したり、自然環境やポジティブな人からエネルギーを貰う。美しいものを見て感動したり、楽しいことをする。可能ならば旅が何よりの処方箋だ。母は少しずつ回復してきたので、そろそろ旅をして気分転換した方がいいのでは、夏バテで心配していた愛犬も元気になったし。 私も足の加圧リハビリ中で日に日に良くなっていくと思う。旅に行くという目標を持ちイメージすることでリハビリにも励むことができる。だが重い荷物を運べないし、短期ツアーに参加して無理なく行こう。 母は芸術が好きなので、陽気なイタリアあたりに連れて行けば元気になるだろう。非効率的だが遊びのある水の都ベネチアを、沈む前にもう一度見たいと思った。 航空運賃は夏になると高くなる。9月はそろそろ、航空運賃は相変わらず高いけど、新聞広告のHISのツアーを急遽申し込んだ。ベネチア、フィレンツェ、ローマの8日間の旅。チャーター機でホテル代や観光付、自由時間も充分ある。冬ならともかくこの時期に破格の値段! 真夜中の羽田発、出国時間に合わせて渋谷から500円でバスが出ている。久しぶりの夜の東京もレインボーブリッジを通りネオンがとても綺麗だ。 サラリーマンだった12年前、フレックスホリデーを取って私はイタリアへ鉄道を使った一人旅をした。重い荷物をころがしながら、ベネチア、アッシジ、フィレンツェ、ローマ、ナポリなど周った。途中何気なく降りた町で感動したり、治安の悪いテルミニ駅に夜到着、予約のホテルへ歩いたり、途中、仕事を辞めてイタリア語学留学しているハルコさんに出会い、一緒にカプリ島まで足を伸ばしたっけ。 ハルコさんはその後どうしたのだろう?日本で活かされず行き場を失う日本女性は海外へ住み着く、そんな人がけっこういる気がする。少子化も問題だが、さらに夢のない国なら若い人や女性たちは海外脱出してしまうかもしれない。 ツアーのグループは22人。若い人も多いし幅広い年齢層、母娘が3組、失業中の若者も、元バックパッカーもいる。皆良さそうな人で皆満足。添乗員も貫禄あるいい人。 チャーター便は空席が多く、席を3つほどとって寝て行かれた。移動は大型バスでゆったり、荷物を運ばなくていいし楽チン。ホテルはちょっと街中から遠かったが、町へのバスを朝晩出してくれる。私たちはゆっくりしたいので個人的に移動したが、道を聞いて親切に案内してくれた中国人、電車のチケットの買い方を教えてくれた現地人、電車の中で出会ったブラジル人、ジュリアーナさん、バスを待ってチケットを買っていないことを知って、自分が乗り遅れるかもしれないのに遠くまで私たちのためにチケットを買ってきてくれたフィリッピン人のアグネスさん。旅は人との出会いが楽しいのだ。外国人は出稼ぎしても逞しく生きているのだと思う。 グループの中にはアウトレットに出かけたりブランド物などを買い漁っている人もいたけど、私はすっかり物欲がなくなってしまった。昔はストレス解消で買い物をしたものであるが、価値観が変わり、今の私は人の触れ合いや生活を知る体験が面白いと思うようになった。 昔、イタリアは何でも安かったが、今回、物価高になって驚いた!ベネチアの裏通りで疲れてコーラを飲んだだけでも5ユーロ(700円)!船に乗って5ユーロ、Barでちょっと食事しても高い。衣料品や装飾品も高くとても手が出ない。日本はデフレで安くいい物や食べ物が種類豊富に揃ったものだとしみじみと思う。ローマは比較的場所によってはデザインのいい物が安く手に入ったが、ユーロになってから物価が2倍となり、生活が苦しくなったと聞く。 異常気象の影響か雷雨が多く、ベネチアも一時洪水になった。 シンプルでお膳立てしてある楽な旅だったけど、効率的だった。旅の途中までは、こんな旅無理だったとこぼしていた母も、イタリアの派手でお洒落な老未亡人たちに感化されたり、長年欲しがっていたコートを安く手に入れゴキゲン、見違えるように元気になった。イタリアは美術館も町も徒歩で見学する所が多く、私もけっこう連日歩き回ってしまったが、リハビリの成果で可能になった。進歩を体で感じて嬉しい。とにかく旅ができて幸せ! |