問題が起きています。嫌です、苦しいです、でも、これをどう解決するのでしょうか? 時間をどう使うのか?お金をどう使うのか? 知識をどう使うのか?仕事をどうするのか?人をどう見るのか?空間をどう使うのか?この事件をどう扱うのか?どう生きるのか?どう死ぬのか?最近しみじみ思うのはこの「どう」なのだ。「所有している」というより「どう生かすのか」、「ある」より「どう」、この「どう」は意識によるのだ。「形」より「意識」、今の問題で意識をどう変えていくのかが又大切と思うこのごろだ。 意識は家庭や学校や社会生活で作られる。 我侭に育ち、苦労せず、狭い世界で育ち、社会で揉まれず、自分は正しいと勘違いしたまま、世間ずれしても自分では気づかない。変なプライドを持ったり、肩書きや外形や若さとかに自惚れたりすれば形に負けている例。親がしっかりしつけ、学校や社会で人と関わりながら良い体験をして、常識がわかり、知恵が生まれ、良い人格にもなれば形に勝つ例。 若い時に、貧乏や挫折など苦労して、忍耐力がついたり、ハングリー精神ができて、向上心を持ちしっかり自立し人を労わることができたら、形に勝つ例。ひがんで、いつまでもどん底から這い上がれなかったり、卑屈になれば形に負ける例。 今ある状態や形をどう転換していくか、これは意識による。そしてそれを形にするには行動が必要だ。 学生時代の不良少年が奮起して猛勉して資格を取って立派な社会人に成長した人もいるし、同じ不良少年でもどうしようもない大人になった人もいる。 いろいろな人生を見ると、皆、いい時もあれば悪い時もある。今悪くてもこれから良くなることもある。いい時に傲慢になってその形に甘んじていれば、落とし穴があって、形に負ける。悪い時をバネにすれば形に勝つ。 日本社会で出世する人はエリート街道を休みなくまっしぐらに上り詰める。仕事以外のことや、他の世界のことまではとても意識する余裕がない。これで自分が偉いと錯覚し自分の利益のためにだけ動けば形に負ける人。謙虚であり、その地位を生かし、良いことをすれば形に勝つ人。 1万円あるとする、生活が保証されたり裕福で多忙な人はストレス解消に飲んで使う。貧乏旅行して1万円が大金であると感じたり、収入が確実に入らくなると全部飲み代にはしなくなる。意識というのは体験によって変わるものなのだ。 政治家2世など、庶民のことなど果たしてどこまでわかるのだろうか。テレビで見る批評家は、有名人でみごとに批判しても、庶民のどこまで本当に理解しているだろうか。意識のずれを感じる。体験をしなければその立場がわからないことも多い。 人それぞれ自分の生きた人生や体験の中で意識が作られ、自分の意識が今の自分を作っているのだろう。長い間でできた意識はなかなか変わるのは難しい。意識や行動の癖はなかなか変えられない。人に注意されてもわからない。自ら、人に出会ったり本を読んで大きく感化するか、自分が嬉しいことや苦しいことでも大きなでき事を体験をした時こそ自分が変わり軌道修正する時だ。 若くてもしっかりして立派な人もいるし、高齢でもどうしようもない人もいる。年齢や外見より、今をどういう意識で生きているのが形よりも大事である。どういう意識かで周りの人や、環境にも大いに影響を与えるので、人の意識は本当に大きな力を持つのだと思う。他人を見て思う自分は、他人を変えるのは難しいけど、自分のことだけは変えられる。 有能な科学者は科学知識を使って兵器を作ることができる。人のためにという意識から科学技術を使えば、人のために役立つ便利な物に変わる。 新聞の数字から表面的に景気回復と言われてもピンとこない。この数年間で社会は大きく変化したと思うけど、気がついただけで本当に動き、体制が変わるにはもっと時間がかかる。この歪が大きくなり過ぎている。 自分や家族しか見えない人、自分の会社や組織しか見えない人、空想の世界しか見えない人、動物や植物、人間以外の生物まで考える人、過去のことしか考えない人、未来のことまで考える人。意識の構造は奥深い。 表面に惑わされ形で判断しがちな世の中なのだが、この「どう」がどんなに大切なのだろう。「どう」で形を変容できるが、この「どう」は学校では教えてくれず、自分で体得するしかないのだろう。 |