2007年の始まり 2007-1-3

| 新年おめでとうございます。
昨年もバタバタしているうちに終わり、正月は風邪ぎみになったので、実家でのんびり過ごす。 2006年12月は念願のネパール訪問を果たした。 ネパールの政治情勢がやっと落ち着いたということ、母が元気になって心配せずに旅ができたこと、私の足もリハビリが順調で一人旅も可能になったこと、休暇も取れ、周りの人々に支えられ、いろいろなことが重なって、実現できたので感無量だ。 ネパール在住の友人ミーナさんは、3年間の政治困難の中で、さらに強く、逞しく、信念を持ち、人々に尊敬されながら、たくさんの人々の協力を得ながら、子供たちや女性たちの支援活動を中心にみごとに発展させていた。日本からの支援は少しでも、ミーナさんは活動をするには大きなお金かブレインどちらかが必要だが、ネパールの活動はブレインで大きくなったそうだ。たくさんの人々を巻き込み、協力を得ながら、安易にあげるだけの支援でなく、効率的に教育と技能に支援をして、人々を育てながら、上手に交渉しながら活動している。この3年間の過酷な政治情勢にも拘わらず、むしろ活動は発展したことを自分の目で確認できたことが嬉しい。日本での支援してくださる皆様、ありがとうございます。量が多いので少しずつ報告していきます。 ミーナさんは、シンプルな生活をして、食事やいろいろな世話もしてくれた。彼女はアメリカでの地位をあっさり捨て、育て親のマザーテレサの心を習い、貧しいネパールの人々のために奉仕している。立派だと改めて賞賛する。 ネパールはブッダの生誕地。ヒマラヤを仰ぎ、人々の生活に信仰があること、祈りは行動が伴わなくてはいけない、自分だけの幸せを祈るのでなく、人々のために奉仕すること、それが祈り、ということが浸透しているので、奉仕の精神が強いかもしれない。 正しいこと、必要なことには、善意な人々は動くのだと思った。ミーナさんとNPOの活動を通して、ネパールでたくさんの人々、ネパールの裕福な人にも、貧しい人にも会い、様々な人生や、生き様を知った。あちこちで歓迎された。 今回は、日本人の支援してくださる方々にもお見せする機会ができて幸せだった。このように政治が安定して、日本と現地と交流しながら活動できると嬉しいもの。 活動以外にも、ミーナさんと活動を支援してくれる優しいネパール人女性とインド人女性と私のルンビニへの旅をして、珍道中で面白かった。 ネパールに行っても、なかなかヒマラヤが綺麗に見えないのだが、今回はくっきりと午後まで美しいヒマラヤも鑑賞することができた。 日本に篭っていると、お湯が出て、時間通りに電車が来て、電気が供給され、洗濯機があること、平和であることがが当たり前であるが、ネパールでは違う。でも物はなくても生活が不便でも、人々の表情はイキイキして、幸せそうだ。 村も周り、村の生活も見た。カトマンズは東京と同じように環境汚染されている。村に出て、木々がイキイキしているところは人々もイキイキしているような気がする。 今年は人を大切にしたい、人だけというと人間のエゴになってしまうので、地球環境のためにも生命を大切にしたいと思うのだ。 |